MY PROFILE 2008. 9月作成
*(子供の頃のことはあまり覚えていません。親から聞いて驚いた。)
ちびの頃は相当ワルで、幼稚園では「K子ちゃんがいるなら幼稚園に行かない」と泣く子が続出。
「黒に白を混ぜたら灰色になります」と先生に習うと、どうしても確かめたくなり
給食の牛乳を全部どぶに捨てた。(これは覚えてる。あと木琴の棒でみんなの頭を叩いて音の違いを確かめたことも)
園長先生に何度か涙を流しながら頬をぶたれた。(私はボー・・)いつも園長室では「真夜中のギター」がかかっていた。
幼稚園始まって以来の「K子ちゃんについて」という会議が開かれたそう・・。(それは全く覚えていない・泣)
*小学校ではうってかわって学級委員長を6年間務める。生徒会書記に立候補するも落選。大泣きする。
小5の時、読書感想文で全国規模の賞を取り、朝礼台に上がり全校生徒の前で読まされる。「くるまのいろはそらのいろ」
地域のリトルリーグに入部。女の子は私一人。子供会のソフトボールで活躍。2年間ずっと4番を打っていた。
*中学の想い出は「ソフトボール」しかない。 大阪代表のキャッチャーに。久宝寺球場によく行った。
でも全国の代表と接して「こいつら化け物」・・と、上には上がいることを知りショックで立ち直れないことも。
年中真っ黒。髪は五分刈り、胸はまっ平らで、「あいつだけは間違いなく男」と陰口を叩かれ、
フォークダンスのとき男子に手をつないでもらえなかった。(今で言えばイジメか?)
男・・というのは当たっていて、初潮がきたのは卒業式直前。 親は真剣に心配していた。
(修学旅行の事前説明会で講堂に女子だけ残らされたときも関係なかった)
*大学に行かせてもらえないので、高校は商業。そろばん初段、暗算一級、簿記一級を取得。
水泳に目覚める。男子バレー部のマネージャーも兼ねてがんばっていた。
モスバーガー大阪第1号店でバイト。1号店というプレッシャーで店長の売上に対する情熱は恐ろしかった。
(このときの必死のぱっちの経験がのちの会社勤めに非常に役に立つ)
*絶対つぶれない大きな会社に就職して、新入社員時代と10年目に「秘書業務」を経験。
このときに「お盆持ち」のプロになる。しかし数々の大失敗もありしばらくは伝説に。
(社長に対して「少々お待ちください」を「少々お待ちくさい」・・など)
お客様相手の窓口業務の時代に、窓口でお客様に「あんた○○に似てるね〜」と、いろいろ言われた。
例;「マラソンの益田明美さん」「お菓子のヌーボー」「宇宙飛行士の向井さん」etc・・・(喜んでいいものやら)
*いくつか恋愛もして、約4年一緒に暮らしたことも。いろいろあって別れる。恋愛ではよく泣いた。
相手がシリアスになればなるほど、おちょけてしまい、キレられる。シリアスはどうも苦手。
(過去付き合った人のむう評)「涙もろすぎ」「単純明快」「時々ワケわからん」
「ウソはすぐわかる」「アホ」「おもろい」「飽きない」「おなかがすいたら顔が変わる」などなど。
男性の好みのタイプは・・・大口あけてガハハーと笑う人。 散歩と銭湯とキャッチボールが嫌いじゃない人。
流行にドンカンな人。 好きな世界をこっそり大切に持ってる人。
*色彩心理の講演を聞いて、「色彩の世界」にめちゃめちゃはまる。
「カラーコーディネーター1級」 「ナチュラルカラーリスト上級」 「オーラソーマ(レベル2)」取得。
学習センターなどで4回「いろいろ色の話」と題して150名相手に講演する。初めて”先生”と呼ばれてたじたじ。
*着物が大好きで、染織家の志村ふくみさんの作品や著書に感銘を受け、自分もこの道で生きたいと一大決心。
約20年勤めた会社をポンっと退職。「気が狂ったか!」と多くの人に言われる。毎日「説得工作」。
*京都に移り住み、鞍馬の川島織物で「染色」と「機織り」を学びながら、作品にはデザイン力が必要なので
平行して、京都在住の世界的有名な先生に「デザイン」も学ぶ。とても奇抜で面白い方だった。
1年後、染織の才能のなさと、情熱のしぼみ、父のガン発覚などで、大阪にすごすごと舞い戻る。
大きな挫折感と無力感で一番辛い時期。どうやって生きていこう・・真っ暗な穴の中で途方にくれていた。
*うつむく月日の中でお金がなくなり・・得意なお盆持ちをいかしてロイヤルホテルの
宴会ウエイトレス募集に年甲斐もなく応募。人事部の意向でなんだかんだで営業本部で働くことに。
この時代に、ホテルの「お客様は神様」「全てはお客様の笑顔のために」の精神をみっちり叩き込まれたのでした。
ホテルの世界は独特で、一生この中で生きたいという思いと、ホテルのサービスは私が求めるものとは違うという思いとが
つねに交錯。結局辞めて、よく受けていたハワイのマッサージ、ロミロミを学ぶ。1対1のサービスを選ぶ。
*3種類のロミロミを学ぶ。
「日本で流行っているアンティー・マーガレット系のロミ」
「お寺から発祥したスピリチュアル的なテンプルロミ(レベル1)」
「ハワイ王朝時代の医者がいなかった時代の医術のロミ」
・・・・・結果、医術のロミで「これはすごいゾ!」と身震いして、それを極めようと決心。
*インド医学の「アーユルヴェーダ基礎」と、「アロマコーディネーター1級」の資格を取る。
*「カラダを徹底的に勉強しないと・・・」と、様々なボディワークを学ぶ。
整体、按摩、スポーツマッサージ、筋膜リリース、トリガーポイント、指圧・・・。
同時に講習で「解剖生理学」や「運動機能学」、「心理学」を学ぶ。
カラダの勉強は、やってもやってもきりがなく、かつ深みにはまってゆく。それがまた面白い!
*2005年5月、「ムウアロハ」オープン!!
最初予約が友人のみ月3人・・全く生活ができず、淀屋橋の小さな商社でフルタイムで営業事務をしながら、
平日夜と土日のオープンに。しかしあれよあれよと言う間に「紹介のみ」だけで予約が増えてゆきへろへろ。
満を持して会社を辞めて現在はサロン1本に。
ここへ来てくれる人にただただ精一杯のものを・・それだけ。4年間変わらず。
*プレオープンから4年で、約800人、1,600時間の施術を行う。現在(2008.9)に至る。
(えらそうに書いていますが、4年間人の体をコンスタントに触っていけば、
誰でもこのくらいの人数と時間になるよ。施術者は「経験」だけが財産です。)
どんどん施術内容は変わっています。その時々で「最高の施術を」。
*現在は45歳。
自慢はただひとつ。「自分の体調不良で休んだことが一度もない」。頑丈です!
今は、新たに骨の勉強をしています。 簡単なカイロプラティックも出来たら・・と思っています。
カイロの先生の言葉。「理論がわからなければ さわれない。 痛みがわからなければ なおせない。」
私の信条。 「一生勉強。一生精進。一生これでいいはない。」

からだはこころから。こころはからだから。 からだとこころは車の両輪。
ここで、からだとこころが少しでもゆるんでほぐれてくれれば・・とてもうれしいです。
自分勝手なサービスですが、精一杯の思いで施術しますので、どうぞよろしくお願いします。 むう
嘘をついても飾り立てても仕方ないので、「生い立ち」のありのままを書きました。
こんなん書いて信頼されるんやろか・・と心配になりますが。
初めて申し込む方が予約表を見て「ただのトラキチのいけいけおばはんちゃうか?」・・と
恐れられたら哀しいので(ある意味そうか?)、あえて、プロフィールを作りました。
カラダをさわらせる人間のおおまかな”人となり”をわかってもらえたら、受けやすくなりますね。
一生失くしたくないもの・・・ せつなさ。 好奇心。
現在の幸せ・・・・銭湯、 読書、 突堤で壁相手のキャッチボール、 美味しい珈琲を飲むひととき
(2008・9月) ストレッチ、 時々瞑想、 ナイター観戦、 昼寝、 超簡単クッキング、 ロカご飯、
実家のネコ(ふく)をロミロミ、 カラダの勉強、 カラダの観察、 こうして生きていること
オホホホホホ。 ちび時代には考えられないおしとやかさ。